オープンCPU基板を用いた低コスト自律分散型施設環境計測制御情報システムの構築

 

近畿大学 星 岳彦

岡山大学 安場 健一郎

九州大学 岡安 崇史

近畿中国四国農業研究センター 黒崎 秀仁

 

プロジェクトの目的

本研究では、植物生産施設の生産性向上に不可欠な高度環境計測制御情報システムを低コストで開発・導入可能にするための新たなスキームを提案し、そのシステム構築を実施する。すなわち、高価格になりがちな専用装置の開発をせず、低価格汎用のオープンアーキテクチャーのハードウェアを可能な限り採用し、消耗品のレベルにまで機器の価格を低下することを目標にする。また、その仕様・通信規約を可能な限りオープンにすることで、多くの研究者・技術者が同じプラットホームでシステム開発・生産記録データセット構築を行えるようにし、生産支援ソフトの研究開発を促進し、欧米と異なる東アジア型高度情報化中小規模植物生産施設の確立を目指す。

 

研究の背景

施設園芸、植物工場等と呼称される施設植物生産は、昨今の推進政策により大きく注目されている。しかし、我が国の実態および今後の展望は決して楽観できるような状況ではない(1)。毎年度の新設面積は減り続け、放棄施設も増加し、2025年にはピークのほぼ半減の見通しである。日射比例変温制御などの高度な環境制御を導入した施設も、2000年頃から横這傾向で、施設の環境制御高度化が生産現場で一向に進行していない状況である。

Lake(1966)に始まった温室の複合環境制御の考え方は、Takakura(1974)のミニコンピュータを使用したDDC制御によって可能性が開かれた。その後、多くの日本の研究者が取り組み、この分野では世界でトップクラスの研究成果を上げている。1980年代後半から、補助金政策等により、生産現場に研究成果が導入され始めたが、その政策の打ち切りにより、参入企業の多くが撤退し、2009年には複合環境制御導入面積にも減少の兆しが表れた(1)。その最も大きな原因として、日本の1施設あたりの面積が欧米と異なり、小規模(2009年で平均約0.05ha)なことがあげられる。つまり、既存の環境制御システムを導入して償却可能な0.5ha程度以上の施設が極めて少ない(2009年の棟数で0.22%)。しかも、日本の0.5ha以上の面積を持つ施設は、ほぼ100%欧米製の複合環境制御システムが導入されている。このような、研究レベルでは優れても、現場実用化レベルの低い状況を看過すれば、今後の開発段階で大きな問題が生じる。つまり、さらに高度な施設植物生産を行う場合、その生産ソフトウェアの研究が重要であるが、それは、生産現場で得られた多数の生産記録データセットを基にしなければ、実用的な開発が行えないことは、欧米を始め世界中の共通認識である。日本を始め、東アジアの共通的特徴である比較的小規模な施設規模に導入でき、生産記録の収集可能な低コスト環境計測制御情報システムの研究開発が急務である。

提案者らは、上記の課題を解決すべく、自律分散型の新たな環境制御システムであるユビキタス環境制御システム(Hoshiら、2004)を研究開発し、一定の成果を上げた。研究成果を製品化する参画企業が集まり、企業コンソーシアムも設置された(http://smartagri.uecs.jp/)。しかし、まだ導入コストが高く、生産性が高くても床面積1m21年間あたり1万円程度の生産額の植物生産施設への導入・償却には、かなり大きな施設規模が必要になる。そこで、本課題では、環境計測制御システムを構築するスキームを大幅に見直し、東アジア型の小規模施設に導入可能なイノベーションをもたらす新たなシステムの提案と構築を目的とし、図2に示す研究を実施する。

 

研究実施計画

1)Arduinoを施設環境計測制御に利用可能にするハードウェアを設計開発する。

2005年のイタリアのプロジェクトが起源になったAVRマイコンを搭載したオープンアーキテクチャーのCPU基板Arduino(http://arduino.cc/)は、全ての仕様が公開され、安価(Ethernet I/F付きで139.9ユーロ)であり、プロトタイピングを中心に世界中で広く利用されている(20112月までに世界で約15万台が市販)。このCPU基板に特定の機能を持たせるためにShieldと呼称される付加ハードウェアを接続して各種用途に使用する。本課題では、気象計測などの計測用Shieldと、窓開閉機などのアクチュエータ用Shieldを設計開発する。これらの仕様を公開し、施設内にそのまま設置するだけで施設内気象(気温、湿度、光強度、CO2濃度)がインターネットで計測可能な、通風型計測筒を備えたオールインワンタイプの室内気象計測ノードを4万円程度で製作、製造できるようにする。制御ノードについても同様に実施する。

 

2)Arduinoの性能にマッチしたノード間通信規約を策定する。

 ArduinoCPU性能は、かなり低く、単体で高度な複合環境制御などの実施は困難である。本課題で研究開発した各機器(ノード)をネットワークで接続して、分散協調的に高度な機能を実現することになる。前述した自律分散型の環境制御システムであるユビキタス環境制御システムの通信規格(UECS-CCM)が公開され(http://uecs.jp/)、多くの製品やアプリケーションソフトが開発、販売されている。そこで、これらの資産を活用し、補完的なシステム構築を可能にするために、UECS-CCM互換で、かつ、CPU基板の能力に適合した通信規約サブセットを策定する。Arduinoはスケッチと呼ばれる開発環境を使ってファームウェア開発を行う。そこで、策定したUECS-CCMサブセットの通信規約のスケッチ用ライブラリを開発する。

 

3)システムを試験構築しショーケース施設を設置して評価検証する。

 上記で得られた研究成果を用いて各種ノードを試作し、中小規模の植物生産施設に設置して、実際に運用する。導入施設は、企業や生産者に公開し、日本型の施設規模に適合した低コスト高度自律分散環境制御システムのショーケースとしてアウトリーチする。加えて、生産現場サイドで発生する種々の問題点を抽出・検証し、システムの実用化に向けた評価と改善を実施する。

 

到達目標

植物生産施設における環境制御システムは、これまで工場のプラント制御のようなハイスペックかつ高価な設計思想で研究開発されてきた。しかし、面積当たりの売り上げが小さく、しかも、施設規模も小さな日本をはじめとする中小規模植物生産施設には導入自体が不可能である。莫大な設備投資をして大規模施設に改築する見通しも立たない現状を踏まえ、小規模施設にも高度な生産が可能になる情報化の恩恵を届けるためには、環境制御をもっと身近で手軽なものにする本課題のような研究開発が大きな可能性を持つと考える。メンテナンスコストをかけて長期間使用に耐える高価な機器をベースにするのではなく、農協などの店舗で個人が手軽に購入でき、一定期間を経過したら交換を前提にした低コストシステムの提案は、日本の生産現場での環境計測制御システムの普及率を上げ、生産技術、収益性の向上に大きく貢献すると考える。同様に、中小規模の施設が圧倒的割合を示す、中国、韓国などの東アジア諸国においても、欧米型の先進的大規模施設への改築ではない、既存の施設のリフォームによる高度化という選択肢を提供し得る。